旧跡 藤ヶ股沢「製鉄遺構」を訪ねる

 寒くなり、本格的に雪が積もる前に、文化財の保存状態を確認する巡回をしています。今日は、当町学芸員と蟹田山本地区の藤ヶ股沢の製鉄遺構(江戸時代)に行ってきました。

 なぜ、今この話題を取り上げたのかというと、平成23年は「弘前城築城400年」の節目の年。この弘前城を築城するにあたり、下北の田名部をはじめ所々から鉄を調達していたが不足したため、砂鉄を探したところ蟹田で発見し、鉄を製産したという記述が「蟹田町史」にある。蟹田地区には3ヶ所の製鉄所跡が確認されているが、ここ藤ヶ股沢が現在でもはっきりと確認できるとされています。

 さて、巡回といっても、山奥のぬかる林道を長靴・合羽の装いで探検です。
生い茂る笹をよけ、腐葉土で足がぬかるみながらも、歩くこと約2キロ、30分。杉の植林地で、突如して平らなところに出くわした。
タタラ
▲製鉄する施設(タタラ)があったであろう場所

到着して、そのタタラ跡に足を踏み入れると、地面が「ガリッ。ガリッ」と音を立てる。今までのぬかるんだ地面が、突然堅くなる。正体は、鉄の塊。まさしく製鉄所跡。
鉄ささ
▲鉄の塊は、大人の握り拳ぐらい。周囲には、大量に散らばっている。

近くを流れる川には、当然「砂鉄」が見えます。
砂鉄
▲川底の黒のしま模様が「砂鉄」

<取材感想>
 町史の記述が、現地とぴったり合致。弘前城築城と蟹田の製鉄のつながりを、肌で感じることができました。この鉄は、牛などにより港まで運ばれ、蟹田港から海上輸送で日本海側の港へ。そう思うと歴史のロマンを感じます。
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